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ヒデユキとロックスター達

映画や音楽、ゲームなどについて書いていきます。

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ボクシング6階級制覇マニーパッキャオのドキュメンタリー映画[マニー]を紹介します。


マニー




2014年製作の映画

フィリピンの貧しい家庭で生まれた
パッキャオは家族を支えるために幼い頃からボクシングを始めます。
明日の食べる物も生きていける保証もない状況で路上で寝泊まりしながらジムに通い続け、
世界王者になり母国フィリピン市民と世界中のボクシングファンに愛される選手となります。

2008年のビッグマッチ戦
もう一人の6階級王者オスカー・デ・ラ・ホーヤとの試合で勝利を収め
世界最高峰のボクシング選手となりました。

デラホーヤ パッキャオ


パッキャオの魅力として

「自分より強いやつと戦う」というスタイルがありボクシングはタイトルをとると
マッチメイクで格下の相手と戦い防衛を重ねるという事もできるのですが、

パッキャオは階級を上げてまでも強い選手とマッチメイクして倒すという
スタイルを貫きました。

階級をあげると自分より体が大きい相手と戦うことになり
自分も体重を増やさなければいけないために1から体を作りなおさなれけばいけません。
階級を上げれば勝てなくなる選手がたくさんいます。
それでもパッキャオは階級をあげ結果的に6階級制覇という偉業を成し遂げました。

パッキャオのエピソードとして
彼が試合をするとフィリピン中の人々がテレビで試合を見るために

犯罪率が大幅に下がるらしいのです。
フィリピンでは1部の反政府組織と政府が戦っているのですが
両陣営ともに休戦し試合を見るそうです。

家族のためにボクシングを始め
それがフィリピンの人々のためになり
やがて世界中のボクシングファンに夢や希望を与える選手となりました。

私たちに勇気や希望を与え続けてくれたマニーパッキャ
彼は紛れもないスーパーヒーローでしょう。



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歴史的背景から紐解くアメリカ映画史。映画の誕生、ベトナム戦争、冷戦、9.11・・・。世の中が大きく変っていく時代背景には映画はどのような変化があったのか。


どうも、皆さん、こんにちは!

ちょっと現在別の記事
ゲーム「レッド・デッド・リデンプション」について書いていまして、
思い入れが強いゲームなので

書き始めると、どんどん長くなってしまい
終わりが見えてこないので・・・汗

息抜きに別の内容、アメリカの映画史と歴史の関係性
などについて書いていきたいと思います!
今回も長くなりますが・・・
よろしくお願いします。

さて、それでは映画の誕生の部分から
さらっと触れて参りましょう!

1800年代末期。

当時の写真技術を動きのある映像として
進化させる事はできないか?と研究が始まりました。
1893年にエジソンが自動映像販売機を公開。
フランスのリュミエール兄弟がシネマトグラフ・リュミエールという、複合機を開発します。

エジソン



エジソンが開発した自動映像販売機は箱を覗き込むと動画が見れる仕組みであり、
リュミエール兄弟が開発した複合機開はエジソンの自動映像販売機を
スクリーンに通して多くの視聴者が1度に見れるように改良したものです。

これら映像の内容は
汽車や労働者の姿を映したショートフィルムであり
画像のみで音声のないサイレント映画と呼ばれていました。

映画というよりも、映像の一種だったわけです。

1902年に世界で初めて物語構成を持ったSF作品「月世界旅行」がフランスで公開。
翌年に初の西部劇作品「大列車強盗」がアメリカで公開。
1906年に初のアニメ映画「『愉快な百面相』が公開されます。

1910年代になると皆さんご存知のハリウッドスタジオがアメリカ西海岸で形成されます。

当時アメリカ映画の中心地はニューヨークやシカゴでした。
東部地方のニューヨークでは天候が悪かったため
1年を通して穏やかな気候が続き、広い土地がたくさんあり撮影しやすい
西部地方へと移っていきました。

アメリカ西部



1914年から第一次世界大戦が始まり
この頃から映画でプロパガンダ作品が作られるようになります。
プロパガンダ映画とは戦時中の敵国を過激にこき下ろす表現や
自分達の国がいかに正しく美しいのか伝えるといった感じ。

映画作品の一つとしての闇の部分でしょうね。
映画を愛する私としては悲しい部分でもあります。


第一次大戦から第二次大戦にかけて
ヨーロッパから亡命や移民として
アメリカに移り住む人々が増え

その中には映画俳優や監督なども多くいたために
アメリカ映画産業はどんどん大きくなっていきます。

この時代から第二次世界大戦後の1920年代~1940年末期まで
アメリカでは西部劇黄金時代でした。
西部劇の人物像は主人公が白人であり
そこに応援としてやってくる騎兵隊は善人である場合が多く、

敵役としてネイティブアメリカン(インディアン)の設定の物語がたくさんありました。

1950年~60年代にかけてのアフリカ系アメリカ人を中心とした公民権運動
1950年代~70年代に始まったベトナム戦争

これらの歴史的な大きな出来事を中心に人々の意識は大きく変っていきます。

公民権運動により
人種差別撤廃の意識がアメリカ国民に大きく芽生え始めます。
上記の西部劇の物語図式として

白人=善人
インディアン=悪

という方式が大きく崩れていく事になります。

元々の史実ではヨーロッパから白人移民が
先住民であるアメリカのインディアンを虐殺し、
黒人を奴隷とした負の歴史だったわけです。

ベトナム戦争以前
それまで第一次、第二次世界大戦と戦勝国だったアメリカ。
戦争には正義あると信じていた人々でしたが
泥沼化していくベトナム戦争により

精神に大きな傷を負い日常生活も困難になった帰還兵。
戦地で殺されていくベトナムの人々。
殺されて動けなくなった死体の姿など

メディアが発達し映像として映り込んできた戦場は
まさに地獄のようでした。
それを見た人々は戦争には正義はなく
勝ち続けてきた正義のアメリカの姿は虚栄だったと知るわけです。

そんな時代背景の中作られる作品も社会の闇を取り扱ったものや
最後は報われず暗いバッドエンドなどの結末で終わるなど
シリアスで重い作品がたくさん作られるようになります。

この歴史的背景を受けて作られた作風の映画を

アメリカン・ニューシネマと言います。

1970年に公開された「ソルジャー・ブルー 」。
インディアンに対して騎兵隊が起こした虐殺事件「サンドクリークの虐殺」
ベトナム戦争でのソンミ村事件へのアンチテーゼをを表現した作品で

それまで西部劇では悪者扱いだったインディアンについて
史実を交えて入植者達が先住民に対して行った虐殺の様子が
描かれており、これ以降西部劇作品が大きく変っていきます。

ソルジャーブルー





これらソルジャーブルーのような社会の闇やアメリカの負の歴史を題材とした作品。
1970年代までアメリカン・ニューシネマに分類される作品が作られ続けます。

そんな中ベトナム戦争も終結し
公民権運動も沈静化していきます。

暗く重かった戦争や歴史的な事件が終わり

映画界も大きく変っていきます。

1975年公開、パニック映画「ジョーズ」

1976年公開、主演シルヴェスター・スタローンの「ロッキー」
どん底にいたボクサーがチャンスを掴み
夢を叶えるサクセスストーリー。

ロッキー


1977年公開、最新のSF技術を導入した「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」

これらのエンターティメント性が強く
夢や希望がつまった作品が
暗く重かった作品が多かった
アメリカン・ニューシネマを終わらせたとも言われています。

1980年代に入ると

アメリカとソ連の冷戦中であり
宇宙ロケット開発競争や核兵器開発が熾烈を極め

その影響で核兵器の脅威にさらされる内容の映画がでてきます。
有名な作品で「ターミネーター」など。
近未来の人類は核戦争により人口が減少
残った人類は人口知能を持つロボットと戦争を始めるといった内容。

核兵器の脅威と近い将来人間のテクノロジーは最新のロボットを作り出し、
それに攻撃されるのではないか?という社会風刺を表現しています。

この時代のアメリカ映画の敵役はソ連の人物が多くでてくるのも
冷戦の影響なんでしょうね。

1990年代になりソ連が解体され冷戦が終わる。

映画界では1993年に『ジュラシック・パーク』が公開され
最新技術のCGが使われ大きな影響を与えます。

95年に世界初の長編フルCGアニメーション『トイ・ストーリー』が公開。

90年代の映画は特に思い入れが強いので、オススメしたい映画がたくさんあるのですが
特に私の人生ですごく面白かった映画を二つあげるとすれば
以前に紹介した「ターミネーター2」と「ファイトクラブ」ですね。

ファイトクラブについてはカルト的な人気があり
人によっては人生観が大きく変るくらい、メッセージ性が深く、とても面白いので

いつか紹介したいと思いますw

ファイトクラブ




90年代の映画の特徴はさまざまなジャンルで名作が生まれた事であり
冷戦終結により多くの国々でアメリカの映画がみられるようになったために
作り手側やユーザー層の価値観が多彩になった事だと思います。
この時代に作られた映画の続編が後々まで作られてる作品もたくさんありますね。

冷戦中の東側諸国では
西側であったアメリカの映画や文化などがあまり入ってこなく
世界の半分の国の人々は西側の映画文化に触れることがあまりなかったので

冷戦が終わった90年代にそういった人々の価値観などが一気に反映され
多彩のジャンルで名作が生まれたのかなと思います。

2000年代に入り
9.11の同時多発テロ事件が起きます。
私もリアルタイムでニュースを見ていて、ものすごく衝撃的だった事を覚えています。
このテロにより、上映禁止。または公開予定日が延期された作品がたくさんありました。

2002年に公開された「スパイダーマン」。

スパイダーマン



前回のワンダーウーマンの記事で触れた部分で
アメコミ映画(アメリカのコミック雑誌を実写化した映画)といのは
過去に何度も映像化されてきたのですが、

大ヒットした作品は少なく、B級感が抜けない作品が多かったのです。

スパイダーマンがヒットした背景には
同時多発テロでアメリカの国民が大きな悲しみに襲われた事。
アメリカ人が思い描くヒーローの存在。もしもヒーロがいたらテロリストから守ってくれる。
そういった心の拠り所を求める気持ちがスパイダーマンのヒットに繋がったのかもしれません。

また、スパイダーマンは「親愛なる友人」という
ヒーローでありながら人々の身近な友達である。という大きなテーマがあります。

スパイダーマンはピーターパーカーという青年が
スーパーパワーを持つ蜘蛛に噛まれ、超人的な能力を得る事から
物語が始まります。

超人的な能力を得ても
正義のヒーローと自分本来の姿の間で葛藤するシーンが多く、
そういった誰しもが抱える、悩み苦しんでいる姿に
多くの人々が共感をしやすかった。というのもヒットに繋がったのではないかと思います。

このスパイダーマンのヒットがきっかけで

ここ数年はアメコミ映画がどんどん作られ
アメコミブームとなっていますね。
昔からアメコミが好きだったファンにはたまらない時代になりましたw

アメリカの映画史と歴史の関係について
ざっくりと紹介して参りました。

ここで書いてある事はほんの一部であり
たくさんの名作と歴史的背景の繋がりはたくさんありますので
皆さんも映画を観る時は
その時代その時代の歴史的背景などを

意識して観てみると、より理解が深まり

映画を楽しめるのではないでしょうか。
また何か新しい映画に関する情報を得たら
記事にしたいと思いますので、よろしくお願いしますw

長々とありがとうございました。



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